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DJ回顧録(#002)小倉へ

DJを志す私は既に中洲(福岡)の雑居ビルで面接を受け、フェニックスという小倉(北九州)の大箱ディスコに内定していました。

福岡に迎えに来た車(バン)には後席にマネージャーが座り、高々と助手席のシートに足を乗せていました。(凄い格好だなと思いながら)運転手に親指で合図された右後部のドアを開けてマネージャーの隣に乗り込みました。運転手が誰だったかは覚えていません。車内は大きめの音量で音楽がかかっていて皆んなタバコを何本も吸い、道中ほぼ無言でした。

そのまま高速道路(1時間半程)経由で小倉に入り、本社の駐車場に車を停めて入社手続きを済ませました。気が付くとマネージャーも運転手も居なくなっていました。「今日から宇佐町の寮に入ってもらいます」「え?今日から寮?」入社手続きを済ませて福岡へ帰ると思っていた私の小倉生活がいきなり始まりました。担当者がその場で描いた地図を渡されて、初めての街をトボトボ歩きました。寮に向かう途中、公衆電話から家に電話してみましたが彼女は留守でした。

地図に描いてある通り、一本道で寮の場所はすぐにわかりました。小さな鉄筋の建物の中に入り寮母らしき女性に経緯を告げると、ひと通りのルールと共同具の場所を教えてくれました。指示された部屋に入ると誰かの荷物があり(ちぇっ!相部屋かと思いながら)自分の荷物を置いて食堂へ降りると、寮母から「ご飯ここ、みそ汁ここ、おかずここ」と言われ自分でよそって食べました。あじフライでした。次の日もその次の日もあじフライでした。説明を受けていた通りに自分で食器を洗っていると、無言で食べていたフィリピン人が無言で食器を渡してきました。この寮は、面倒なことを新参者に押しつけるシステムだと理解しました。外は暗くなっていました。

指示されていた(夜の)時刻に本社へ向かい昼間とは違う担当者から色々な説明を受けて、また寮に戻ります。その道中、公衆電話から家に電話してみましたが彼女はまだ留守でした。

寮に戻り、部屋に入ると相部屋の同居人らしき人物が寝ていたので、私も着替えて横になりました。今日一日、想定外のことが続いたのとオール初日の緊張感で疲れていて、すぐに眠ってしまいました。起こされたのは「パン!パン!」という音です。目を覚ますと辺りは真っ白でした。寝ぼけて何が起きたのか理解できぬまま体を起こしていると、程なくして寮の住人と思われる男性数人が部屋に入ってきて同居人が連れて行かれました。暫くすると警察官が数人現れて事情聴取を受けました。眠っていたので何も理解できていない旨や今日一日のことを伝えると、現場検証の為に部屋を出されました。疲れていたので食堂で眠りました。

朝になり、寮母から話を聞きました。相部屋の同居人はその日(夜の)仕事で出勤するはずだったらしい。新参者が相部屋になると知り、仕事をサボって待ち構えていたが私の帰寮が遅いので眠ってしまったらしい。目を覚ますと挨拶も無しに新参者が寝ているのを見て激怒したらしい。舐められてはいけないと壁に向けて何かを撃ったらしい。2発と思ったが3発だったらしい。シャ◯中だったらしい。それほど驚いた様子を見せずに寮母は私に話しました。

その日、出勤して上司となる人にも伝えましたが、それほど驚いた様子を見せませんでした。1980年代前半の小倉… 私はとんでもないところへ来てしまった。

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